ストレリチア秘話No.365 人とストレリチアの生き方を合わせる

 今は、もう引退していますが、私は長い間、「道の駅」でストレリチアのお客さんの相手を手伝っていました。私の自宅が本園で、道の駅のストレリチアは分園のような存在だったからです。

 田園地帯の花摘園ですから、犬を連れても入園自由で、犬の散歩を兼ねたお客さんも多くいました。初めの頃は気がつきませんでしたが、在るとき、ハタと気がつきました。犬を連れたお客さんは、ストレリチアに対して無関心だったのです。初めの頃は、そうとも知らず話しかけていたのですが、やがて、無駄なことに気がついたのです。

 そこで私は思い出したのです。コンラートローレンツの「ソロモンの指輪」の中での犬に関する記述です。「犬は主人である人に、四、六時中、関心を示し、また、相手をしてくれることを望んでいる」とありました。私は若い頃、番犬として犬を飼っていましたが、一度たりとも成功したことがありません。研究者というのは、ひとたび、自分の関心を引くことがあれば、他のことには一切、目が向かなくなってしまうのです。こんな自分勝手な主人では、犬は付き合いきれないのです。

 ひるがえってストレリチアです。こちらは逆に、手取り、足取り、しょっちゅう、いじられるのは嫌います。少し、離れて、つかず、離れずで、といって忘れるほどではない。つまりは猫のような扱いを望んでいるのです。こんなことで愛犬家はストレリチアとは肌合い違うのです。

 別段、どちらがいい、悪いの問題ではありません。生き方の違いなのです。道の駅での終わり頃のことでした。一組の犬を連れたお客さんがやってきてストレリチアを買っていきました。何事にも例外はあるものです。