ストレリチアが初めてヨーロッパに紹介されたのは、イギリスのジョゼフバンクスが1772年、南アフリカに派遣した植物採集人フランシスマッソンによってキュー植物園へ送られたのが最初とされています。
しかし、実は、もう少し早く、喜望峰へ来ていたスウェーデンの植物学者 ツンベルクがオランダのライデン植物園かアムステルダム植物園に送ったのが先であろうともいわれています。でも、こちらの方は、記録がありませんので枯れてしまったのでしょう。そのため、キュー植物園が最初とされているのです。
ストレリチアはヨーロッパの冬の寒さには戸外では耐えられません。キュー植物園には、すでに温室がありましたから、無事に栽培出来たのでしょう。オランダの植物園だって、同様の設備はあったはずです。それに、海外からの貴重な植物ですから、丁寧に扱ったはずです。まして、ストレリチアは丈夫な植物なのです。それなのに枯れてしまいました。
実は私にも経験があるので、何が起きたのか、見当が付くのです。そもそもは、掘り上げ、荷造りしたときの扱いにあります。ストレリチアの弱点、急所は茎の下部、根の付け根です。
ここを動かしたり、グラグラさせたりは絶対に避けなければなりません。普通の植物のように根をほぐしたら危険なのです。多分、これをやってしまったのでしょう。マッソンは、この危険を冒さなかったのです。
いくら強い生物だって、弱点の一つや二つは持っています。ストレリチアだからといって安心は出来ないのです。庶民が枯らすのは珍しくありませんが、この場合は、歴史に残るか、どうか、の処置の違いでした。
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