ストレリチア秘話No.288 厳しい試練にさらされたストレリチア

 1950年代からストレリチア栽培が年を追う毎に盛んになっていきました。 栽培農家は争うようにストレリチアを探し求め、奔走したのです。良いも、悪いも、判別したりはしません。ストレリチアであれば飛びついたのです。 何事でも初期の頃というのは、みな、同じようなものでしょう。

初期のころは「貴重品扱い」で高い値段で取引されるので、余り、 気に止めなかったのですが、値段が少しずつ下がってくると切れる本数が気になってきました。だんだんと落ち着いた時代になってきたのです。ストレリチアの切り花栽培での第一条件は本数がどれだけ確保できるか、にかかっています。つまり、株の性能が基本になるのですが、花立ちのよさ、などには思いが及ばず、少しでも花を咲かせようと、栽培技術に頼りました。ところが、それは、やがて無駄な努力であったことが判明してきたのです。

 やがて、ストレリチアも一段落した頃から、収益率の低い農家は栽培を続けるのが困難となってきました。 ところが、ここにストレリチアのしたたかさが現われたのです。 ストレリチアは、投げ出されたからと言って、 枯れて消えてしまうような、柔な植物では無いのです。放り出されても、がんばっていますから、始末するには重機の厄介にならなければなりません。栽培を止めるにも経費がかかるのです。仕方なく、そのまま、ずるずると続けることになり、この状態が今でも残っているようです。 ちょうど、 「ぬるま湯に浸かっている」状態で、出るに出られず、といったところでしょうか。投げ出されたストレリチアが、タダならば有り難いと、引き受け手が現われて、再生産が始まるのですから、なかなか消えてくれません。

 以上は主に切り花栽培の場合ですが、趣味の世界とて、似たようなものなのです。ストレリチアの世界も変化してゆきます。でも、それには何十年もかかるような、ゆっくりとしたペースですから、近頃のような目まぐるしい時代のなかで、どう折り合いをつけていったらよいのでしょうか?