前章で述べた事は、ストレリチア栽培の本道だと言っているわけではありません。あくまでも、一時の途中の経過の話なのです。
優秀品種を運ぶのが面倒だなんて、つい、この間まで、さわることさえ、ままならなかった貴重品のことですから、一般では起きないでしょうし、私のところだって、季節が違えば起きません。こんなこともありましたよ、というお話なのです。
話は別としても、同じ品種であっても、場所により、扱う人にによっても大きく違うことが多いようです。勿論、価格だって同じです。情報化時代とはいっても、すべてが平等にゆきわたっているわけではありません。その差の開きに驚かされることが多いのが実情のようです。その点、この「秘話」が埋める働きをしてくれているようですが、それでも部分的でしかありません。
ものごとは、そのものの価値に見合った待遇がしかるべきでしょうが、たまたま、私が少々、違う扱いをしてしまったので前章で取り上げたのです。
