ストレリチア秘話No.991 「孤」と「集」大きく違います

 ストレリチアのように長い年月を必要とする植物との付き合い方を繰り返し述べてきましたが、一つ、重大な問題を取り上げるのを忘れていたことに気がつきました。それは、私が毎日、何百、何千ものストレリチアに囲まれて生活していることが当たり前として考えていて、一般の人とは違う環境だったということです。

 ストレリチアを一鉢しか持っていない人と多くの数に囲まれている人とでは、ストレリチアそのものの気分というか、態度といえばよいか、とにかく、微妙な点で違いがあるようなのです。生物は孤立しては生きてゆかれれません。トラのように孤立しているようでも、それは普段の生活であって、周囲に仲間がいなければ生きてゆけないのです。

 ストレリチアのように長い年月を必要とする植物を相手にするには、植物自体は一株で生きられても、相手をする人の方は、我慢できる支えが要るのです。それには同時に何株もある方が心強いに決まっています。つまり、用意するのは一本でなく、複数がよいということなのです。よく見かけますが、ストレリチアが一株で堂々と育っている姿です。でも、よく見れば、数十条立ちの大株です。1、2条立ちだったら見る影もないでしょう。賑やかさは大勢の仲間に支えられているからなのです。それに至るまでの辛い日々があったに違いありません。

ストレリチアそのものだけが、どう、こうでは済まされず、存在する数がものをいう場面があることを思い知らされました。