ストレリチア秘話No.1008 自然は分散 こだわりは人の我儘

前の章でストレリチアの需要が二極化し、人々のこだわりが強くなってきていると書きましたが、もう少し解説が必要なのでは思い,追加することにしました。

 人々が物事に、こだわりが強くなってきたのは、日本だけのことではなく世界的な風潮でもあるらしいですから、どうこう出来ることではないでしょうが、ストレリチアに関しては私も責任を感じなければならない立場にあります。

私はストレリチアに評価を加え、ランク付けをしたりもします。それには、規準が必要ですから、それに随って良い、悪いをいうわけですから、結果として最高から最低までの広がりが出てきます。そうなると誰もが最高基準に目がゆくのは当然です。それを強調しすぎたのではと反省しているのです。でも、育種家とは最高レベルを目指すのが仕事ですから避けられないのです。でも結果の評価は人が勝手にするにしても、経過は自然そのものですから、分散するのは当然のことで人の評価とは別です。自然の規準は生きてゆかれるかどうかなのです

 人間社会では、階級が存在したときは、「分を守れ」と厳しかったのですが、階級が撤廃された現代では、評価のこだわりは自由です。その編りの結果が出ているのかもしれません。

 それでも、偏るのは人間であって、自然は分散しているのです。