或る地域の切り花栽培家が中々の美しいストレリチアを長い期間をかけて株分けで殖しています。本人は喜んでいるようですが、切り花の売り上げとなると大したことはありません。何しろ、この品種、花は良くても、花立ちが少ないからなのです。私は品種の評価が仕事の一つですが。私の見るところ、この品種は、ストレリチア花は『上』でも、全体評価は「中の上」で、本人とは違います。私の評価基準での第一は「花立ち良さ」にあるからです。私は花を客観的に見るのではなく、使う側の人間の立場にあるからなのです。同じ面積で太陽光線を受けて光合成が同じ量で行われたとします。片や花立ちに良い株は生成された澱粉を生育に回すだけでなく相当量を開花に回します。
もう一方の株は花には回さず、全部を生育に注ぎ込みました。このようなことが私たちの周囲で起きています。同じ量の太陽光線で同じ量の養分が作られても遺伝の働きによって使われ方が違ってくるのです。見方を変えれば、植物が自分が生きるためだけの活動をしているか、或いは、もっと違う生き方を目指しているか、ということです。そこで私は人に向けてくれた方に得点を多くしている、ということなのです。この植物の行動を近頃のことばで「コスパ」と表現してみたのです。
