近頃の世の中は、気がついたら、何もかも少品種、大量生産の時代になってしまっています。工業生産品ばかりではありません。農産物もすべて同一品種が大量に棚に並んでいます。
優れた産品が安く手に入り、生活が便利になったことは確かです。でも、その分、出回る品種は激減して選べない状況が起きています。つい、この間までは、すべてのものが手作りで、一つ、一つが個性にあふれていました。出来のいい悪いは確かにありましたが、変化を楽しむことが出来たのです。ところが良品の大量生産では間違いがない代わり、楽しみも失われてしまいました。
ストレリチア栽培家の強みは、目前の社会状況に左右されず、いつも、10年、20年先を見て行動する事にあります。今、扱っているストレリチアは10年前にスタートした結果なのです。このストレリチアの特徴を生かさなければなりません。現在の社会が少品種、大量生産に向かうことは避けられないでしょう。便利さを追求すれば当然なことだからです。
でも、それは、つい、最近の事であるのに対し、ストレリチアは1000年のスパンをいきなければならないのです。目の前の出来事に振り回されてなどしていられないです。
私たちは、便利さだけで満足する生き物ではなさそうなのです。アフリカ大陸の大地溝帯は激しい気候変化の寄り集まった地域です。そこで生まれ、育って、進化した人類は変化に対応して生きるように出来ているらしいのです。だから、いくら便利だからと言っても、少品種では味気ない、もっと変化が欲しい、という気持ちも出てくるに違いないのです。どちらがいい、悪いではなく、両方望むのです。
ストレリチアが大量生産に向いているとは思えません。少量、多品種で選べる楽しさを提供出来る花でありたいのです。それには見合ったシステムを構築しなければならないでしよう。他の花と同じでいいわけがありません。例えば、業務用にはカーネーションのような規格の揃った花が向いていますが、個人消費には個性が望まれるでしょう。みんなが同じ花
なんて味気ないではありませんか。いくら品質がよくても、大量にあるものには価値を感じないのが人類です。これからの時代、わずかしかない個性的な物の評価が高くなることは確かです。
ストレリチアは同一品種の大量生産など、やってはいけないのです。せいぜい、株分け程度は許せます。私は今、反省しています。実生の初花の優秀品種で、まだ株分けに至らない一品物を何鉢か、うっかり出してしまったことです。これからの時代、世界に一鉢しかないなんて、最高の希少品としての待遇になるだろうからです。その持主は、その品種の持つ、本来の有り難みを感じてくれているでしょうか。
個性が尊重される時代の花、ストレリチアでありたいと願っています。
