ストレリチアと調子よく付き合えている人を見ていて、何が、そうさせているのか不思議に思い、その秘密を探ろうとしてきました。まだ不明確ですが、一つの条件が見えてきたようなので取り上げてみました。その原因にはストレリチアについて誤解があったからではないか、ということです。それは、ストレリチアが反応が遅く、何をやっても遅効、鈍感だと、私も、そう書いてきました。それが急転回して、「いや、それは見かけであって、実は敏感に反応しているのに人が気づかなかったのではないか」
との思いです。確かに、生長の早い1年草と比らべればそう見えるでしょう。でも、それは数字上の大小であって、有無ではないのです。値が小さいから評価が低かったのではないでしょうか。ストレリチアだって反応していたのです。それだけに見え難かったからかも知れません
近頃の私は、この反応を拡大鏡で精密にみるようになりました。そうすると違いが消えてしまったのです。違いがあるのは時間の差だけでした。そこで浮上するのが、この章のテーマの言葉です。この人々はストレリチアを鈍感だとは思っていません。普通の植物並みの感覚でいるのです。違和感が全然ないのです。いや、言葉を変えましょう。この先走った人々は、こうすることでストレリチアを普通の植物として待遇するからこそ、いい仕事が出来るのです。まさに、ストレリチアの欠点(時間がかかること)をカバーしてしまっているといえるでしょう。
