随分、難しい言葉を使ってしまいましたが、平たく言えば、ストレリチアは私たちが思うように動かせるわけではない。ということです。簡単な例を挙げますと、「私のストレリチアは何年たっても花を咲かせません。どうしたらいいでしょうか」との質問が雑誌、その他で、よく見かけます。答えも掲載されていますが、通り一辺の処置で、それで解決されるとは思えないのです。私には、質問するほうも、答える側も、ストレリチアの本質が分かっていないらしいようにみえます。
A,質問する側
どこかで手軽に買ったらしく選んだ形跡がありません。その程度でいいと思ったのでしょう。それなのに働いてくれないので、栽培上の処置を求めてきたのです。それでストレリチアが言うことを聞いてくれると思っている節があります。
B, 答える側
私が知る限り、これに答えられる人は、そうそう、いないでしょう。ストレリチアの抱える難点の一つですから、余程の研究者でないと手に負えないのです。それなのに答えるのですから通り一遍の常識的栽培法ですませるしかありません。これでは問題の解消になりませんから、質疑。応答が繰り返される事が続くことになってしまいます
活動の主体はストレリチアであって、人のやる栽培は、その手伝いに過ぎません。ストレリチアの花立ちは基本的には遺伝に左右され、つぎは植物のメカニズムの働きによるもので栽培技術で動かせるものではないのです。遺伝のことですから根本は育種にもあるわけですが、最終的には株を選ぶことで決定されます。原種でも花立ち優良なのもありますから選ぶことが出来ます。選択こそが根本なのに、他の方法に頼るのは筋違いといえるでしょう。
「ストレリチアの花立ち抜群種」は選抜によって誕生するのです。従って、そのルートでしか出会えません。この章では、それ以上の深入りは避けます。
