ストレリチア秘話No.363 人とストレリチアの組み合わせの妙

 私達は皆、自分の裁量でストレリチアを選び、人生の同伴として生きてゆきます。この場合、選ぶのは人の側であって、ストレリチアには何ら、同意、拒絶の権限はありませんから、すべての責任は人の側にあります。私は長い間、この仲介の仕事をしてきましたので、そのさまざまなドラマを見てきました。

 10年以上も前のことでした。大阪から東京の支店へ父親の指示でやってきていた若い男性でした。兎に角、トップレベルの品が欲しいとのことで、何回にも渡って尋ねてきました。鉢植えになっていた優秀品は、すべて選ばれてしまって、とうとう、地植えになっていて、今まで全然、手放したことのなかった「ゴールド クレストザキング」まで所望されて、仕方なく掘り上げて鉢植えとして渡しました。この品種はゴールド系の最高の品ともいえる存在でしたが、如何せん増えが遅いのです。わたしには、この価値が十分に分かっているのですが、果たして、彼が、どの程度、理解しているか、確かめたいのですが、近頃、大阪へ帰ってしまったらしく姿をみせませんので、まだ果たしていません。因みに、東京ではマンションのベランダで育てていたそうです。

 次は同じ頃、久里浜から、やってきた老婦人です。「車が運転出来ないので、連れてきてもらうしかない」と、2回しか来ませんでした。その方がいうには、「最高のストレリチアを下さい。お金に糸目はつけませんから」と。こういわれても喜んでばかりはいられません。最高品は、そうそうないのです。売ってしまったらなくなってしまうのですから。仕方なく実生の初花から出た優秀花を2回にわたって譲り渡しました。困ったことは、ストレリチアの初花ですから、まだ株分けができない単品だったことです。つまり、この世の中に一株しかないのです。私は二度とこれらの花にお目に掛かることはできません。この方は年齢からいって、すでに亡くなったことでしょう。あの優秀品は散り散りになり、多分、値打ちも分からない人々の所へ引き取られたことでしょう。このようにストレリチアの優秀品は、どこともなく消えていってしまうことが多いのです。人とストレリチアがぴったりの組み合わせは、なかなか成立が難しいだけでなく、長く続くことも骨が折れるようです。

もう一つ、滅多にない、すばらしい優秀品のことです。ジャンセアゴールドの初花の中きら、今まで見たことのない花が出てきました。花の色彩が、一際、輝いているのです。アメリカや南アフリカのの園芸誌やカタログで「輝くような色彩」という表現が出てきます。

 私は、長い間、これは英語特有のおおげさな表現だと思っていたのですが、驚いたことに、これが実際に現われたのです。植物学では、花の構造の説明で、上から表皮細胞、柵状細胞に続いて、やや厚い海綿状組識となります。ここは空気を含んだ気泡が多くあり、ここで太陽光線が反射して色素を際立たせているのです。花の中には、この海綿状の構造が特別で反射が多いと明るさが強くなる、ということなのです。ジャンセア、ゴールドのなかに一株、これが出たのです。幸い、二株に株分け出来たので、どうしても、よいものが欲しいという方にお分けして、もう一株は残しました。

 その後、富山のTさんがやってきたのです。最高の品が欲しいとのことでしたので、色々説明している内に、うっかり、この花の解説をしてしまったのです。勿論、私には手放すつもりはなかったのです。それが、いきなり、欲しい、といわれて、つい、承諾してしまったのです。私にしては魔がさしたのかもしれません。あるいは、この時は、まだ、この品種の本当の価値が分かっていなかったといえるかもしれません。

 その後になって私は、がっかりしてしまいました。手放してはならない宝物だったのに気づいたのですが、もう、間に合いません。私は「*****星である」としか話して無く、ブライトな色彩のことは私だけの秘密だったのです。その後、会うチャンスがありませんので、このことはまだ、話してありませんが、買い戻すことは無理でしょう。

 実は、もう一つ原因がありました。それは、この株がジャンセアとはいえ、完全な無葉ではなく、葉幅約1センチの葉が残る小葉系だったことです。これはこれでいいではないか、と言うのは正論なのですが、そこは研究者のこだわりがあって、私が無葉を望んでいたのに、小葉だった、という不満があったのです。これが、もし無葉だったら、絶対に手放すことはなかったでしょう。しかし、後になって冷静に考えてみれば、あれも、これもと欲張るのは無理なことで、ブライト最優先にすべきだった、と気づいても後の祭りでした。

 こんなていたらくですから、私ですら、正確な判断ができていないのです。分かるのは後になって、つまり、「後知恵」でしかありません。私はコレクターではなく、いいものをお分け立場にする立場にありますから、何が何でも持っていたいという執着はありません。ただ、交配親として一時期だけ使いたいだけなのです。人とストレリチアの出会いの縁は簡単なことではありません。お金さえあれば、いいストレリチアが手に入る?そんなことではありません。優れたストレリチアに出会えるのは縁で、場合によっては、選んだ人よりはストレリチアのほうが勝っているのに気がつかない、ということまで起きてくるのです。

優れた人とストレリチアについて語ってきましたが、世の中、こんな人ばかりではありません。見ていて情けないような選び方をする人もいますが、ここで、わざわざ語ることもないでしょう。人とストレリチアとの縁の結び方、簡単ではないですね。