前章では、「やれることをやっておかなかければ」と述べましたが、もう少し深く見てみましょう。なんでもいいから、やっておくべきだと言っているのではありません。それでは間違った方向へ進むことにもなり兼ねないからです。やはり、しっかりした「見方」が基本になければなりません。
私達の行動は選択の連続です。ストレリチア栽培では、どんな品種を選ぶかが大きな分かれ目となります。あまりにも選択肢が多すぎるので難しいことですが、実は、どんなストレリチアを選んだかで、その人の将来が決まってしまうといっても過言ではないほどの重大事なのです。一つの品種しか選べないことではなく、数多く入手もでき、また,後から変更も出来ますから深刻に考える問題ではない、と思うかも知れませんが、実は、その選び方に、その人らしさの傾向が、すべて現れてしまう重大事なのです。
品種の解説には、その品種の長所、欠点がくわしく説明されていますが、それは、あくまで理論上であって、その品種が、その人の人生に、どんな影響があるか、などは解説できるものではありません。実は、どんな品種を選んだかに、その人の人生に影響することがあるのです。ですから、あだ、おろそかに考えてはならないのです。ただし、これは、必ずしも客観的なことがらではなく、その人とストレリチアとの関係で起きることも多いので微妙なことがらでもあります。でも、時には社会的な影響にまで発展することもありますから、重大事なのです。
或る品種の特性は客観的であっても、選ぶ人の方は個性や好みがあります。私の所へ見えるお客さんは、基本的には似ていても、最終的に決定する品種は皆、違ってきます。それを、どう生かすかは、その人次第なのです。従って見る目を養うことが大切、といってよいでしよう。
