私が今まで書いてきた記事から察すれば、優秀品種に重きを置いているように受け取られるかも知れませんが、それは少々、事実から離れています。勿論、優れた花は高く評価していますが、それは結果のことで、実際は、名花が出現するまでの、途中の経過を期待しながら見る方が好きなのです。
優れた花は滅多に現われません。多くの同輩達の中から、やっと一鉢が選び出されるのです。でも、それに至るまでの経過の中で見せる未開花株、人間でいえが受験生達のみせる活気、活力がオーラのように現れ出るのを見るのが好きなんです。皆、若々しく、意欲にあるれていて、それが私にまで分けてもらえそうな気分になるのです。
でも、やがては決定が下される日がやってきます。結果として多くが涙をのんで引き下がことになってしまうのです。人間世界の試験と違って、こちらは遺伝の組み合わせの良否が試されるわけですから本人の努力の問題ではありません。強いて言えば、その組み合わせを決定した人の側に責任があります。それにしても、個々の表われには確率が関わってきますから、幸運の問題でもあるのです。
今は秋、まだ、試験の季節ではありませんから、気楽な気分の受験生に囲まれて私も幸せの時間に浸っています。
