ストレリチア秘話No.1109 私のストレリチアに対しての立場は曖昧です

 「秘話」も1100号を越えて書き散らし、栽培技術では、すでに秋の状態ストレリチアを草として扱っているかと思えば。前の号では擬人表現で人間のような扱いをしています。そこで、読者を混乱させないよう私の立場を説明しておいた方がいいと判断しました。

 結論を申し上げますと、私は両者の中間にいると考えています。栽培技術の解説では今までの伝統に従って冷たく、草として扱っていますが、それベッタリの昔風だけではすまない、

 それは一部分を表現しているだけだと思っています。一方の技術を越えた面では、一部の趣味家のような人間の感覚としての表現をすることもありますが、全面的に言頼しているわけではなく、説明に便利だからだけです。植物は動物とは違う感覚ながらも、何らかの情感はあり、その詳細が、まだ解明されていないため説明不十分となってしまうので、取りあえず擬人表現になってしまう、ということなのです。

 こんな事情で、時には右へ,左へ傾いてしまうのです。まだ解明されていないための中間ですから、揺れ動きは仕方ありません。自分でもハッキリしないことを解説するのですから、わかり難いこと、この上ないことでしょう。