植物社会の掟が支配すると書いてきました。でも、それが全てだとは思いません。植物の側にだって権利はあるはずです。ストレリチアは同じ自生地であっても、自分の生きる場所をを選んでいます。セイタカアワダチ草のような一年草は空いている土地があれば、何処でも侵入してはびこります。半年、一年、暮らせればよいからです。そこが気に入らなければ、来年は引っ越します。ストレリチアは、そうはいきません。一度、住み着いたら、そこで1000年暮らさなさけれなりませんから、どこでもいいというわけにはいかないのです。選び方が厳しくなるのは当然でしょう。そんなわけで同じガーデンルートでも雨が多い温暖な地域へは向かわず、競争相手の少ない乾燥地帯を選んだのでしょう。
私たちは、このような生き方をする植物を相手にするわけです。場合によってはストレリチアに人が選ばれる事態になるかもしれません。まあ、いわば相性の良し、悪しですが、この1000年の長さに耐えられるか、どうか、が試されているかもしれないのです。短期間、栽培しても上手く行かないと、投げ出してしまうような人物では困るので少々、いきすぎた論法ですが、このストレリチアの性格に合わせられない人では付き合いきれません。駄目だ、となったら、直ぐ、投げ出してしまうような人物では頼りにならない、と思われてしまうのです。
誇り高い植物なのに下司な扱いをすれば、むくれるに決まっています。何とも難しい植物に出会ってしまったものです。
